【BUMP OF CHICKEN】今日はロストマンの歌詞を一方的に語りたい

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みなさんこんにちは。

今日は、先日書いた記事では全然語れなかった、BUMP OF CHICKENの”ロストマン”の良さと歌詞の考察を一方的に語る回です。

私は今までこの曲にどれだけ助けられてきたことか。

こんな解釈もあるのかーと、参考程度にお楽しみ下さい^^

それではスタート!

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ロストマン

作詞曲:藤原基央 編曲:BUMP OF CHICKEN 発売:2003年

状況はどうだい 僕は僕に尋ねる

旅の始まりを 今も 思い出せるかい

選んで来た道のりの 正しさを 祈った

いろんな種類の 足音 耳にしたよ

沢山のソレが 重なって また離れて

淋しさなら 忘れるさ 繰り返す事だろう

どんなふうに夜を過ごしても 昇る日は 同じ

破り損なった 手造りの地図

辿った途中の 現在地

動かないコンパス 片手に乗せて

霞んだ目 凝らしてる

君を失った この世界で 僕は何を求め続ける

迷子って 気づいていたって 気づかないフリをした

状況はどうだい 居ない君に尋ねる

僕らの距離を 声は泳ぎきれるかい

忘れたのは 温もりさ 少しづつ冷えていった

どんなふうに夜を過ごしたら 思い出せるのかなぁ

強く手を振って 君の背中に

サヨナラを 叫んだよ

そして現在地 夢の設計図

開くときは どんな顔

これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける

不器用な 旅路の果てに 正しさを祈りながら

時間は あの日から 止まったままなんだ

遠ざかって 消えた背中

あぁ ロストマン 気付いたろう

僕らが 丁寧に切り取った

その絵の 名前は 思い出

強く手を振って

あの日の背中に

サヨナラを

告げる現在地

動き出すコンパス

さぁ 行こうか

ロストマン

破り損なった 手造りの地図

シルシを付ける 現在地

ここが出発点 踏み出す足は

いつだって 始めの一歩

君を忘れたこの世界を 愛せたときは会いに行くよ

間違った 旅路の果てに

正しさを 祈りながら

再会を 祈りながら

歌詞を考えていこう

今回歌詞カードを見て、文字打ちながら、改めて漢字使いや行間等気づく部分があって面白かったです。

手作りではなく手造り寂しさではなく淋しさ なんて聴いてるだけじゃわからないですよね。

ちなみにこのロストマンの歌詞は9ヶ月かかって作られたもので、藤原基央いわく「もう二度とやりたくない」くらい大変な作業だったらしいです(笑)

ただ自身の成長のための通過儀礼として貴重で必要な時間だったとも語っています。

では私なりの捉え方を交えて語っていきますm(_ _)m


状況はどうだい 僕は僕に尋ねる

旅の始まりを 今も 思い出せるかい

選んで来た道のりの 正しさを 祈った

いろんな種類の 足音 耳にしたよ

沢山のソレが 重なって また離れて

淋しさなら 忘れるさ 繰り返す事だろう

どんなふうに夜を過ごしても 昇る日は 同じ


大前提なんですが、私はこの曲を”男女間の出会いと別れの曲”として考えていないです。

そう受け取れなくもないかもしれませんが、この曲の登場人物は”自分自身のみ”であって、2番に登場する”君”も”僕”も全て同一人物であると考えています。

それを踏まえたうえで、1番の出だしです。

まず「僕が僕に」状況はどうだいと訪ねるシーンからスタートします。

それだけだと特に違和感のない歌詞ですが、これを2番の出だしと並べるとちょっと違和感が出てきます。

なぜならロストマンの2番の歌詞は「居ない君に」状況を訪ねるシーンからスタートするからです

これってもともと2人いた話ってことですよね。

でもこの1番の歌詞の時点で、すでに”君”はいなくて”僕”だけになってます。

ということは、僕が僕に状況を訪ねたのは

”君”と理由があって別れたあと、”僕”が始まりを思いらせないくらいの道のりを歩んで来っててことです。

そしてその道のりが正しいことを祈っていますね。

いろんな種類の足音は”いろんな感情”と捉えてます。今に到るまでに何度も起こった感情。

それをあえて足音と表現しているのは、感情も足音同様に、いつのまにか忍び寄ってきていたり、去っていたりするものだからではないでしょうか。

そんな感じで自分の中に起こる淋しさという感情も、足音みたいにほっとけば消えて忘れられるし、ぶり返してもいちいち向き合わず、日々を繰り返せばまた忘れられると思っているのかなと感じました。


破り損なった 手造りの地図

辿った途中の 現在地

動かないコンパス 片手に乗せて

霞んだ目 凝らしてる

君を失った この世界で 僕は何を求め続ける

迷子って 気づいていたって 気づかないフリをした


1番のサビです。

”破り損なった 手造りの地図” はやっぱり自分のどうしても諦められない大切なものなんでしょう。

しかしその地図を辿った途中の現在地でコンパスは動かない

なぜか?

意識的に前に進まなきゃと自分を追い込んでいる時って、自分の気持ちとか、人の優しさとか、いろんなものを見て見ぬ振りして盲目的に突っ走ってしまうことがありますよね。

それが強さだと勘違いして

で、ふと疲れて我に返り立ち止まった時、自分が何を目的に走っていたのか、どこにいるのかわからなくなることはよくあります。

当たり前ですよね、気持ち置き去りにしてボロボロにつかれるまで走って来てるんですから。まさしく迷子です。

でもそんな時って、結局自分自信が選んで来た選択肢の先にあった結果に遭遇しているだけなんで、振り返ると意外とすぐ原因は見えるんですよね。

”僕”はきっとそんな感じで、

”君”と別れて”手作りの地図”の場所をたどる途中、選んだ道の正しさを信じるあまり、自分の不安な気持ちとか淋しい気持ちをちゃんと受け止めず蓋をした状態で歩き続けてしまったんです。

そしてその結果心のバランスを崩し、大切なものを示すはずのコンパスが動かなくなってしまった。

しかしこの1番のサビの時点では、そうなった原因を本人は痛いほどわかってるけど、まだそこに向き合う勇気が出ないから迷子のまま気づかないふりをしたのかなと思います。


状況はどうだい 居ない君に尋ねる

僕らの距離を 声は泳ぎきれるかい

忘れたのは 温もりさ 少しづつ冷えていった

どんなふうに夜を過ごしたら 思い出せるのかなぁ


2番は声が届くかどうかもわからない場所にいる”君”に問いかけるシーンからスタートします。

自分が迷子になってしまった時にさえ、状況が気にかかる”君”の存在の大きさが際立ちますね。

ここで僕は、淋しさを忘れるために、自分の気持ちを見て見ぬ振りして過ごしてきたせいで、大切なものの温もりまで冷えてしまったことに気づきます。

そしてどうすれば、その温もりを思い出せるのかと考え始めます。


強く手を振って 君の背中に

サヨナラを 叫んだよ

そして現在地 夢の設計図

開くときは どんな顔

これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける

不器用な 旅路の果てに 正しさを祈りながら


私がロストマンの歌詞の中で一番好きなのはこの2番のサビ部分です。

歌詞で”僕”は、遠くにいる”君”にサヨナラする覚悟を決めています。

大きな存在だった”君”と別れたことで弱気にならないよう、前ばっかり見てがむしゃらに歩いて来た”僕”ですが、いろんな感情を忘れることが強さではないとここで気づいたんですね。

君の存在を、なかったことにして進むのではなく、それも自分を造る大切なものだと受け入れた上でサヨナラをする。これは大きな違いです。

そこから見える景色は、間違いなく1番の歌詞の時点での景色とは違うでしょう。

そして理解するんですね”これが僕の望んだ世界だ”と。

今自分がここにいるのは、全て自分が選んできた結果の上だということを受け入れ、さらにその道を歩いていく覚悟を決めたんです。

そして、この自分の選んだ道の先が正しくあってくれ、という想いをあらわにしています。


時間は あの日から 止まったままなんだ

遠ざかって 消えた背中

あぁ ロストマン 気付いたろう

僕らが 丁寧に切り取った

その絵の 名前は 思い出


この部分の歌詞だけ正直よく捉え方が変わります(笑)なので今の私の気持ちで考えます。

”君”の遠ざかる背中を見送った瞬間が”僕”の時間の止まった瞬間なんでしょう。1番のサビの動かないコンパスは、この時点から動いていなかったのかもしれません。

そしておそらく2番のサビで”君”にサヨナラを叫んだ瞬間に時間は動き出し、”君”という存在が、”ロストマン”に変わります

ロストマンは”君”が”僕”に背を向けて違う道を歩き始めた時から存在した、失われたもう一人の自分です。

もし”僕”が別の道を歩いていたらどうなっていたのかなんて考えを、もう一人の自分”君”として心の中に存在させいたということなのかなと。

わかっててもやってしまいますよね。もしあの時ああしてれば…。とか、あっちを選んでたら…。というタラレバを考えすぎて、目的を見失うこと。

それが大きな決断であればあるほど、その気持ちは大きくなります。

僕はサヨナラを叫んだことで、君というもう1人の自分を、もう存在しない思い出の中の人なんだと気持ちを切り替えたんじゃないでしょうか。


強く手を振って

あの日の背中に

サヨナラを

告げる現在地

動き出すコンパス

さぁ 行こうか

ロストマン


戻れない時間にサヨナラを告げたことにより時間が動き出し、コンパスも進むべき道をまっすぐに示してくれるようになります。

”僕”は”君”を”ロストマン”として受け入れ、新たな道を歩き始めます。

清々しさを感じる一節ですね。


破り損なった 手造りの地図

シルシを付ける 現在地

ここが出発点 踏み出す足は

いつだって 始めの一歩

君を忘れたこの世界を 愛せたときは会いに行くよ

間違った 旅路の果てに

正しさを 祈りながら

再会を 祈りながら


いよいよ佳境です。

再び開いた大切なものの地図。

もう迷子ではないので現在地をしっかりと書き込みます。

その現在地から覚悟を決めてから踏み出す一歩。それはいつどんな状況だったとしても自分にとっては始めの一歩となんですよね。

そしてその”僕”が一歩を踏み出した旅路の果てが本当は間違いだったとしても、それが正しい選択だったんだと思えるくらいその世界を生きた時は

きっと”君”の歩いたその道に進まなかった後悔や悔しさなんて思うことは無く、違う気持ちで”君”と出会えるから。そうなれるように、再会できるように、祈りながら”僕”は自分の手造りの地図を辿って歩き出す。

という流れで終了します。


いやーいつ見てもいい歌詞だなぁ。

私は自分の環境や境遇を人のせいにしてしまいそうになったり、何かを投げ出したくなって自分に嫌気がさした時に、よくロストマンを聴きます。

で、いつも「これが自分の望んだ世界だ」って歌詞聞いて

「そのとおりです」ともう一度自分を奮い立たせます。

何度繰り返し聴いたことか!

この曲がなかったらと思うと恐ろしいですけどね。人生ブレまくって路頭にさまよっていたことでしょう(笑)

それくらいすごく大事な曲で、これを超えるものは人生でもう現れないかも、とすらおもってます。大袈裟ですがΣ(・□・;)

藤くんがどういう理由でこの曲を作るのに9ヶ月かかったのかはわかりませんが、9ヶ月かけてでも作ってくれて心底ありがとうと伝えたいです。

いろんな人それぞれの解釈があるのが歌詞の世界の面白いところなのですが、それって作者には悪いですがどれだけでも自分に都合よく捉えられるってことなんですよね。

人の言葉を通して自分を見つめ直すことで見つかる気持ちってきっとたくさんあると思うので、普段音楽はメロディ重視の人も、ぜひ何かにぶつかった時や立ち止まってしまった時によく聴く曲の歌詞から自分を考えてみて欲しいです。

新しい発見があるかもしれませんよ。

では今日は少々語りすぎましたのでこの辺でおいとまします。

サヨナラー!

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